ただのニートが偏差値を4ヶ月で40から79に上げ早慶に合格した話

フリーターから1年で早稲田大学に合格した僕が学校や塾よりはるかに効率よく英語の勉強のしかたを教えるブログである。

ニートだった僕が早稲田に入って学んだ「学問の意義」

 

大学なんていく意味あるの?

 

 

 

そう思っている人は決して少なくはないと思う。

 

 

 

かつて、早稲田に入学する前、僕はニート(たまにフリーター)だった

 

 

 

そもそも、「大学なんて行っても無駄やん」って思っていたからだ

 

 

 

今、大学で学問を学んでいて、その考えはかなり変わった

 

 

 

僕は、大学で学ぶ「学問」は人生を変える力があると思っているし、

 

 

 

教養なんてフワフワしたもののためではなく、よりよく生きるために学問は必要だと思っている(教養を否定するわけではない)

 

 

 

 

 

 

 

学問を学ぶ意味

 

 

 

まず僕は、学問の価値を「世界を離れた場所からみる力」にあると思っている

 

 

 

僕たちは社会の中にいて、世界の中にいる

 

 

 

そうやって生きていくと、僕たちの中には色々な「あたりまえ」「常識」ができてくるんだ

 

 

 

例えば、「政治家って汚いよねー」とか、「アフリカって貧しいよねー」とか、「日本って終わってるよねー」みたいな

 

 

 

何となく「こういうものだ」って信じているものをみんな持っていると思うんだ

 

 

 

そもそも、僕たちの生活は「あたりまえ」を疑うことがないから回っている

 

 

 

みんな「あたりまえに」年上の人には敬語を使い、

 

みんな「あたりまえに」国語・数学・英語・歴史・化学を勉強し、

 

みんな「あたりまえに」いただきますを言ってきた

 

 

 

どれもこれも、誰も疑うことのない「あたりまえ」だ

 

 

 

だけど、それは本当に「正しい」ことなのか?

 

 

 

それを続けていて大丈夫なのか?

 

 

 

そんな疑問を投げかけるのが大学で学問を学ぶ大きな意味だと思っている

 

 

 

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世界は悪くなっている?よくなっている?

 

 

 

たとえば、僕は前まで、「世界にはたくさんの問題があって、人類は破滅に向かっている」って悲観していた

 

 

 

ニュースでもそんなことを放送しているし、友達や周りの大人も同じように言っていたからだ

 

 

 

だから「世界の未来は暗い」は僕にとっての「あたりまえ」だった

 

 

 

だけど、本当はそうじゃなかった

 

 

 

「あたりまえ」を「あたりまえ」のままにしないで、「真実」を追い求めると見えてくるものがある

 

 

 

世界における戦争の数は30年かけて約半分になった

 

核兵器の数はなんと6分の1にまで減っている

 

 

世界の平均寿命は100年の間に40才から70才になった

 

200年前は世界の90%が極度の貧困状態だったが、現在は10%以下になった




どれも僕の「あたりまえ」からはかけ離れたものだ

 

 

 

これは実際に統計データを用いると見えてくる「この世界の単なる事実」だ

 

 

 

だけど、ニュースは良い出来事より、悪い出来事を放送し、人々も「それが世界だ」って思いながら過ごす

 

 

 

真実ではない「あたりまえ」を盲目的に信じてしまっているんだ

 

 

 

「みんながそう言っている」から

 

 

 

大学で行われている「学問」はそこにメスを入れるものだと思っている

 

 

 

予想や偏見ではなく、しっかりとデータを集め、この世界の本当の姿を見極める

 

 

 

そうやって見えてきたものを社会のため、ひいては人類のために役立てる

 

 

 

それが学問の役割だ

 

 

 

さっきの内容はこのTEDから見ることができる(日本が字幕付き)

 

 

 

『データから見ると、世界はよくなっているのか、悪くなっているのか』

 

www.ted.com

 

 

 

知能が高い人が高学歴になる?

 

 

 

僕が大学の授業で発見したことをさらに紹介させてほしい

 

 

 

僕は「地頭」という考えは基本的に賛成ではなくて、「勉強法の差がそこにはあるだけ」と思っている

 

 

 

だけど、僕が小学生の頃、明らかに「周りよりも出来の良い子」というのはいた

 

 

 

彼らの多くは有名国立大学に入り、一部は僕と同じ早稲田にも通っている

 

 

 

だから僕も「遺伝的に頭が良いとか悪いとかってあるのかな」とはうっすら思っていた

 

 

 

そんな僕は、大学の授業で学んだことに衝撃を受けた。

 

 

 

学歴とか成績の良さは、遺伝子だとか、努力したかどうかとか、そういうこと以前に大きな大きな要素がある

 

 

 

それは、両親の学歴と経済力だ(英語だと Socio-Economic Status)

 

 

 

両親が大学に行っている人とそうでない人は大学進学率が大きく違う

 

 

 

原因は遺伝子なんかじゃあないんだ

 

 

 

学歴を持っている親は、自分が学歴によって得たアドバンテージを子供にも受け継がせようとしたり、

 

 

 

経済的に余裕があると子供の勉強に多く関わることができるからなんだ

 

 

 

教育に対する意識が高い親は、子供を早い段階で塾や私立の学校に通わせる

 

 

 

その結果、僕が小学校時代に出会ったような「出来の良い子」になってゆくんだ

 

 

 

実際、早稲田にいて強くそれを感じる

 

 

 

早稲田生は小学校から私立に通っていたっていう人も少なくないし

 

 

 

僕の小学校の同級生で早稲田に行った二人も中学から僕とは違う私立に通っている

(ちなみに彼らは「勉強の出来る子」だった)

 

 

 

 

地頭とか、知能指数とかよりも、親の経済力と学歴、そしてそれを如実に表す「家にある本の数」子供の未来に大きく関係しているのかもしれないんだ

 

 

 

授業で「統計的事実」として、家庭の経済力・学歴が子供の学歴、将来の進路に関係していることを知った

 

 

 

大学の授業が僕の中の「あたりまえ」を壊した

 

 

 

(それでも僕は自分の体験から、勉強法次第で成績はかなりどうにかなると思っている)

 

 

 

まとめ

 

 

 

学問は「みんなが信じているから」は絶対理由にしない。

 

 

 

調べて、データを取ることで「真実の姿」を追求してゆく。

 

 

 

これは、全ての人が持つべき姿勢だと思っている

 

 

 

現在は情報が洪水のように溢れている

 

 

 

どの情報が信頼できて、どの情報が信頼できないか

 

 

 

それは「みんなが信じているから」「あたりまえだから」で決めてはダメなんだ

 

 

 

知的に自立して生きていくために、大学で学ぶ学問というのはとても大切で、役に立つものなんだ

 

 

 

--

 

 

大学は中学・高校とは比べ物にならないほどたくさんの出会いがあり、人生が変わる場になる

 

行けるなら、大学は行ったほうがいい

そして、どうせなら僕の英語の勉強法をコピーして成績をあげる助けにして欲しい

 

偏差値40のニートが1年で早稲田に入るために行った英語の勉強法

ryo-chin2018.hatenablog.com

 

 

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